猫好きなんである

古来より猫は女性と結び付けられてきたのである。エジプトには猫の女神バステトがあるように。
バステト - Wikipedia
勝手に決め付けるが、猫好きの男性というものは媚びない女性が好きなもんであろう。
何しろ愛しのぬこタソに対しても、気を引こうと紐なんかゆらゆらしてそっぽ向かれたり、機嫌が良いと思ってナデナデしてたらいきなり噛みつかれたり、構いすぎて嫌な顔されることに慣れている。・・・ばかりか、それがないと物足りないとさえ思っていかねないのが猫好きなるものなのである。

したがって狼と香辛料のホロタソは狼だけどアリ。図書館戦争なら柴崎。マクロスFならシェリル派。紅の女性キャラクターも概ね気に入っている。だからといってMなわけでは無い・・・多分。

つか紅面白いですな。
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 これまでの挿話の批評と解説において、『紅』というテレビアニメが、サブジャンルとして「ヴァイオレンスアニメ」・「ノワールアニメ」・「ミュージカルアニメ」という側面を含んでいることをわたしたちは指摘してきました。そして、今回の挿話においては「フェミニスト・アニメ」という側面までも顕在化させたように見えます。このような「ジャンルの激しい混淆」はそれ自体としても議論の価値があり、高く評価できるのですが、差し当たり、「フェミニスト・メロドラマ」としての『紅』についてのお話をさせていただかなければなりますまい。

 今回の挿話において鮮明に打ち出された構図とは、紫さん、環さん、闇絵さん、夕乃さん、紅香さん、犬塚弥生さん、(今回は描写されませんでしたが)銀子さんなどの『紅』のヒロインたちのすべての言動が、紫さんの産みの母親である九鳳院蒼樹さんという父権制社会と異常に血縁的な家族主義(近親相姦と奥ノ院への幽閉)による抑圧と搾取の犠牲者に対する弔いでもある「自由恋愛と女性の自立の肯定」あるいは「過程」として、描写されているように見えるということです。

本当ね、女性達が魅力的な作品です。身勝手なところにこそ魅力を感じますね。だからって現実にそういう女性と関わりたくは無いけどw

世にはネコミミなんてのもあるわけだが・・・
http://suiseisekisuisui.blog107.fc2.com/blog-entry-442.html
猫好きはネコミミ好きでもあるがちょっとわけが違う。ここで紹介されている画像は耳が付いているだけで猫的には足らないのである。
妙に訳知り顔だったり嫌そうだったり無関心だったり何か企んでいそうだったり、そういう不遜な態度をとってこそ真のネコミミというものであろう。
そういう意味では狂乱家族日記の凶華はいい線いってる気がしないでもない。