謎なヤシ

ギネアアブラヤシ教団というのがありますが、ギネアアブラヤシってなんだろ?って思ってた。

そういうことかw
花騒動自体は知ってたけど、なんでこんなオイシイところを知らなかったんだろうw
一連の騒動は教祖様のところが詳しいですね。

こんなのもあった

ギネアアブラヤシはオイルパームとも呼ばれるそうである。その名の如く、椰子油が採れるのだろう。時にそれは生活必需品となり、時には重要な産物となり、かつまた、生活の糧となったのではあるまいか。

 ギネアアブラヤシは、最貧国・シエラレオネ国民に、たいへん密着した植物なのだろうと想像する。文化として、歴史として、そして生活の中にも。

 日本の桜がそうであるように。 

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( ゜∀゜)ノ ギネアアブラヤーシ。




 ……と呟くたび、遠いシエラレオネへ、少しだけ思いを馳せよう。



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( ゜∀゜)ノ それが、ギネアアブラヤシ教団の“ホワイトバンド”です。

笑える話じゃなくなったな。これはウケルけどw
http://ameblo.jp/user_images/9d/68/10001868524.jpg
ギネアアブラヤーシ。
それにしても今ホワイトバンドつけてる人どのぐらいいるのかね。
http://d.hatena.ne.jp/plummet/20060323/p3

シエラレオネとかアフリカODAとか

ギネアアブラヤシ教の聖地、シエラレオネは世界で一番平均寿命の短い国です。
内乱で国がごったごたになって、全体的に死亡率上がりっぱなしになって、国力自体ががたがたに落ち込んで、結局乳幼児の死亡率も上がってしまってて。
そうなるまでには色々と深刻な原因もあるんだろうし、今、お金だけであの国や他の貧困に苦しむ国が救える訳では無いとは思うんですが、それでも何か出来るコトがあるなら何かしたい、とは思います。

・・・ギネアアブラヤーシ。

基本的に、支援や投資はあくまで支援国の利益を得るために行われてきたものがほとんどです。石油等の資源採掘権や鉱山の採掘権、その他市場の獲得や外交での利益などです。
 最近になると、そういった支援の仕方に批判が高まっており、日本も含めて支援の仕方が変わってきているようなのですが、中国は相変わらずのようなのです。
 支援の資金の使われ方をはっきりしたり、資金の透明性を確保する方向へ流れているようなのですが、中国では便宜供与や裏金のようなことも未だされるようです。
 それが腐敗の温床となり、結果アフリカの発展を妨げる要因となります。

全体で見るとアフリカの対中国貿易は赤字です。
 途上国は工作機械などの設備が不足しているため、どうしても貿易赤字になりやすいうえ、支援の多くがひも付きと呼ばれる、支援の資金で支援国から物資を買うことが条件付けられているものでした。これはアフリカが債務で苦しむことになった一因です。
 中国との貿易で一番困ることは、中国の主製品が、アフリカでは作れない重工業や精密機器ではなく、途上国が強みを発揮するはずの安価な製品とかぶっていることです。
 途上国の発展には安価な製品を先進国へ輸出して利益を上げることが欠かせませんが、その利益を中国製品が奪ってしまうため、南アフリカなどはかなり危機感を抱いているようです。

先進諸国が負うべき責任は大きく、アフリカの建て直しには先進諸国の力が欠かせません。
 そして、アフリカがあのようになってしまった原因に大きく関わっています。ただ、その原因に多く関わっていたソ連と中国あたりははずせないはず…アフリカで出回ってる武器はソ連や中国製が多かったと記憶しています(あくまで私の記憶なので断言は出来ませんが…)
 特に中国は今、かなり問題になってるようです。
 スーダン国内では、ジャンジャウィードと呼ばれる人達が住民虐殺や婦女暴行、略奪を行っており、それをスーダン政府が支援していると言われています。そこで国連は経済制裁をかけたのですが、中国はそれを無視して石油資源の開発に乗り出しています。そのスーダンの様子をNHKで見たのですが、未だに思い出すと震えが止まりません。その状況を改善するようにと言うスーダン政府への勧告も、中国は反対したそうです。

 中国の悪口ばっかりではダメなので他のことも…ヨーロッパなどではアフリカの優秀な医師などを受け入れているらしいのですが、それもまた問題となっているようです。アフリカ内で医師を育てても優秀な人は待遇の良い先進国へ行ってしまうため、アフリカの医療体制が整わないと言うのです。そのほかの分野でも同様なのでしょう。優秀な方はその国の財産ですからね。

「アジア」向け支援が多く、アフリカ支援が少ないことが暗に批判されているような文章ですが、日本がアジアでは突出した経済大国であり、地域の安定を目指すうえではアジアの経済発展が不可欠であることから、アジア向けの援助が多いのは当然といえます。逆に他のドナーにとっては、旧植民地諸国への贈与が援助の主流ですから、アフリカ全土がヨーロッパの植民地であったことを考えれば、ヨーロッパ諸国の援助がアフリカ中心になることも当然と言えます。

バンコクやデリーに地下鉄を建設する事業など、数千億円規模のプロジェクトに日本はいくつも援助資金による支援を行ってきていますが、これを税金を原資にした贈与でやるということは、税金の払い手である国民に説明ができないでしょう。返ってくるお金だからこそ、インフラ整備に資金を出し続けてくることができたと言えます。そして、インフラ整備こそ、経済発展のために不可欠であるという認識があり、インフラ整備に注力してきたことで、アジアの経済発展を支えた、というのが日本の援助の成功体験でもあります。これは、日本が戦後復興のために世界銀行からの融資を受けて新幹線を建設したりした自らの原体験に基づくものでもあります。

借款で病院を10個建設する資金を融資したとしても、そこで働く医師や医療設備、注射器などの消耗品がなければ、期待する成果を導くことはできないでしょう。前者を借款で、後者を贈与で、そして医師や看護士の訓練を技術協力で供与することで、効果的な援助を行うことが出来るのです。ちなみに日本は借款、技術協力、贈与という3つの援助手段を持っており、世界でも稀に見るバラエティに富んだ援助を行っている国です。そして、他の国や国際機関とも協調し、援助効果を高めるためにはどうすればよいか真剣に考え、様々な政策を実行しています。

「ひも付き(タイド)」援助については、引用した文章に書かれている特別円借款や本邦技術活用条件の案件については、重要な点はその制度を選ぶかどうかは被援助国側が主体的に選択する仕組みになっているということです。そして、これらの制度は日本の優れた技術を海外に移転するという目的を持っており、橋梁の建設、トンネル工事、耐震補強など、日本が世界的にも優れた技術を持っている分野についてのみ適用される限定的な制度です。その技術を被援助国側が必要であると判断すれば、その制度を選択すればよいのであり、一般アンタイドと呼ばれるひもなし援助を被援助国側が希望することには何の制約もありません。

60年代には一人当たりの所得水準がアジアとほぼ同じであったアフリカの窮状は、日本が責任を負うべきものではありません。勿論、一人の人間が個人としてその状況を解決するために何か出来ないか、と思うからこそこのような運動があるわけですが、そもそもの問題はもっと別のところにあり、旧宗主国と旧植民地という関係にある欧州諸国とアフリカ諸国の双方に問題があったからこそ、ここまで状況が深刻化してしまったということだと思います。旧宗主国にとっては旧植民地が搾取の対象であり続けたのであり、旧植民地の側にもガバナンスの問題があって、着実な経済発展を開始するところにまでは至っていない国がほとんどです。また、旧宗主国と旧植民地という関係が既に存在していたこと、そしてジュビリー2000の際にも援助業界では大きな議論になりましたが、キリスト教的な考え方に基づく「贈与」が援助の中心であるべき、という哲学の問題は、日本の援助と欧州の援助では大きく異なります。